日本国内の移動手段は実に様々です。選択肢が増えることは喜ばしいことですが、衰退する選択肢も中にはあります。その最たるものが寝台列車。しかし、これに待ったをかけた存在がサンライズエクスプレスです。シングルやツインなどニーズに合った寝台個室、廉価な料金で利用できるのびのび座席、シャワー室の設置など、移動の選択肢としてとても魅力のあるものになりました。さらに機関車を使った客車のタイプから電車ベースの寝台列車を作ったことでスピードアップが可能になり、日本の寝台列車として理想のカタチが実現しました。サンライズエクスプレスは今までにないタイプの列車ではないでしょうか?従来の寝台車のイメージを払拭するかのような木目式の車内が印象的です。車両の内部を製作する際に、大手住宅メーカーと意見を交換し合ったというはなしは鉄道ファンのあいだでは非常に有名です。新幹線が走っていない唯一の区間である四国をターゲットにしたのも正解ですね。利用者もそれなりにいて、好評のようでした。東京駅の夜が賑わいを見せていました。
「広州アジア大会」(14日、広州)
競泳の男子50メートル平泳ぎに出場した五輪2大会連続2冠の北島康介(28)=日本コカ・コーラ=は28秒15で4位に終わった。日本選手権3冠の立石諒(NECグリーン)は27秒86で銀メダル。卓球の団体で日本女子は決勝で台湾を2‐1で下し、5大会ぶりの金メダルを獲得した。柔道は男子90キロ級の小野卓志(了徳寺学園職)、女子63キロ級の上野順恵(三井住友海上)が金メダル。サッカー女子1次リーグB組で、初戦の日本はタイを4‐0で下した。
◇ ◇
吹き荒れる中国旋風に、競泳会場は完全に支配された。この日、行われた6種目のうち、5つで中国が金メダルを獲得。しかもそのほとんどが国際的に無名といってもいい選手だった。
得意ではない50メートルとはいえ、北島もこの大きな波にのみ込まれた。なかなかスピードに乗り切れず4位で、優勝した中国の謝智に0・35秒遅れた。タッチの差で2位となった立石は「全く知らない。ノーマークの選手」と、あ然とした表情で話した。
このほか、日本の金メダルが有力視されていた200メートル背泳ぎでも、酒井が自己ベストを出したものの中国の赴菁がアジア新記録で圧勝。平井コーチは「今の中国は強い。脅威と言っていい」と、危機感を口にした。
“ストップ・ザ・中国”へ、15日に『本職』の100メートルが控えるエース北島に懸かる期待は大きい。「いろいろ難しい部分はある。でもまあ、頑張りますよ」。“赤い猛威”を止められるのは、やはりこの男しかいない。
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【記者ノート】
会見を終えた「ヤワラちゃん」の背中はピンと伸びている。奇妙なのは、壇を降りた背中を追いかける一拍の拍手もないこと。国民的ヒロインが柔道界を去る。その節目を飾る会見にしては、寂寥(せきりょう)感や感傷、あるいはすがすがしさといった情感を動かす何かが決定的に欠けていて…。
「期待していただける選手であり続けることが私のモットー」「期待を重圧だと感じれば、ここまで長くはできなかった」
立て板に水−と出る言葉。10月15日、すでに参院議員へと転身した女子柔道の谷亮子氏は、「ヤワラちゃん」を演じたまま引退した。異風だったのは、「政治とカネ」で世間を騒がす民主党の小沢一郎元代表が同席したこと。会見は“あちらの世界”の主導だった。
全日本柔道連盟はいい面の皮。谷氏から事前の相談はなく、会見当日に提出された強化指定の辞退届が唯一の音信だった。「あれだけの功労者を、こんな形で送り出すとは」。ある全柔連関係者はこう惜しむが、会見場所が永田町という一事を見ても、両者の冷え切った仲がよく分かる。
初夏の唐突な参院選への出馬表明も、上村春樹会長ら幹部に電話一本あっただけという。自身はロンドン五輪への出場を公約し、国際大会に優先的に派遣される強化指定まで受けている。柔道界では半ば“公的”な立場にありながら、これほど人を食った話もない。
実働期間はともかく、谷氏が最前線で体を張り続けた期間は約18年に及ぶ。記者が柔道担当に就いたのはアテネ五輪後の2004年11月。以来、北京五輪までのわずかな期間で、谷氏の敗北に3度も立ち会った。出産後の07年世界選手権で神懸かり的な優勝を見たものの、現役生活に西日が差していたのは疑いない。
北京五輪までは、谷氏以外の若手が世に出る下地は皆無だった。五輪2連覇、7度の世界選手権優勝という功績をなぞれば、強化関係者が“谷頼み”に傾斜したのもうなずける。往時の残像、実体以上に膨らんだ影も含めて、谷氏の強さということになるのだろう。
谷氏は自らの「限界」を認めることなく現役に終止符を打った。「強い志を持てばいくつになってもやれる。スポーツに年齢は関係ない」と。だが、記者はこの2年、若手の汗を間近に見てきた。ランキング制の導入で、今の選手は精勤を義務づけられている。五輪出場枠を得るため、調整、減量、試合で骨身を削る選手たち。国内では所属先への貢献のため、実業団大会や国体にも出る。生傷は絶えない。選手が流すのは脂汗、漂うのは血のにおいだ。
五輪3連覇の野村忠宏(ミキハウス)やアテネ五輪金メダルの鈴木桂治(国士舘大教)でさえ、何の実績もない若手と同じ土俵に立ってきた。見栄えはともかく、戦場を枕に“しかばね”をさらすことも辞さない2人の志には、見る側を揺さぶる何かがある。
引退会見での谷氏は凛(りん)としていた。惜しむらくは、壇上にあったのが“先生”の顔だったこと。五輪への道半ばでくじかれた無念、現役への未練や余熱といった血のほとばしりが、伝わってこなかった。政界での志は否定しない。だが、引退会見に名を借りた“谷先生”の門出という芝居に体よく駆りだされた違和感も消えない。恐らく谷氏は政界でも「ヤワラちゃん」を演じ続けるのだろう。(森田景史)
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